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小説 『重加算税』 ≪ 第3章 売上除外・U ≫
−第 21 話 ( 統 計 )−
第20話 ( 不敵 ) にもどる
確かに、違っている。
差額は、 5 % でも 10 % でもないのだ。
『 割数チェッカー 』 は、5% 刻みである。
割数チェッカーでは、説明できないのである。
「 社長、ではどうして、金額の少ないこの売上レシートが印字できたのですか
? 」
「 さぁ〜私が聴きたい。 松島さん、この売上レシートは、どこのパチンコ店のゴミから盗んできたのですか
? 」
「 社長の店の 『 CCC 』 ですよ。 」
「 どこに 『 CCC 』 と名前が書いてありますか
? 」
「 社長、さっき 『 CCC のものと認めましょう。
』 と言われたでしょう。 」
「 私は、松島さんが 『 割数チェッカー 』
を使って店長に打たせたこちらの売上レシートは、
『 CCC 』 のものだと言いました。 しかし、そちらの売上レシートは内のものではないと言っているのです。
」
「 さっき 『 コソコソと盗んでいった。 』
と言ったではないですか。 」
「 さぁ 〜 ・・・・・ 言いましたかねぇ
? テープにでも取ってあるのですか ? 」
この調子では、ここで店長のノートの事を切り出しても無駄であろう。
松島は、一旦引き上げざるを得なかった。
確かに、自分たちの勇み足である。
まだ、解明できてないカラクリがある !
松島は、気分転換にある会社を訪ねることにした。
その会社は、山間部の人口 3万人の村にあった。 戦後人口が
4万人に達した時に、一応 『 市 』 にはなっているが、現在は過疎が進み本当に田舎の村といった感じである。
この村にその会社 『 有限会社 ツバサ 』
はあった。
パチンコ機やスロットマシンの心臓部に当たる
I C チップの基盤を製作しているのである。
従業員 5人と小さいが、売上は 数十億である。
しかも、原価がほとんどかからない。 営業マンもいない。
パチンコ機やスロットマシンの製造メーカーから、逆に
『 つばさ詣 』 されているのである。 この会社の
I C チップを組み込むのと、他社の I C
チップを組み込むのとでは、集客割合が全く違うのである。
この会社は、調査している 『 富山興業 』
とは直接取引きも何もないため、松島は 『 反面調査
』 を前面に押し出す訳にもいかなかった。
事務所には、気の良さそうな 50代の女性が一人で留守番していた。
「 すみません。 西南税務署の松島と言いますが、社長さんは
・・・・・ 」
「 西南税務署 ? 内の管轄は ○○税務署ですが
・・・・・ 」
「 いえ、パチンコの機械に興味が有りまして、参考に色々と教えていただこうと思いまして
・・・・・ 」
「 あぁ、そうですか。 私は、優良法人として表彰に来られたのかと勘違いしてしまいました。
」
この女性は、ニコニコと会社の自慢を始めた。
会社は、資本金 300万円と小さく、従業員も社長を入れても
5人である。 しかし、毎期 数億円の利益を計上し、この市
( 村 ) に 1億円ずつ寄付しているのである。 御陰で毎年市長から表彰状をもらい、この町で知らない人はまずいないとのことであった。
社長は、東大で統計学を専門に勉強し首席で卒業したそうである。
女性は 『 税務署 』 と聞いて、また、表彰かと思ったのである。
女性にとって、税務署は税金を持って行く怖い存在ではなく、会社を表彰してくれる存在なのである。
「 ところで、社長さんは ? 」
「 あぁ、社長なら社長室ですよ。 」
「 お会いできますか ? 」
「 あぁ、どうぞ。 」
「 あの ・・・・・ 社長室は ? 」
「 あそこですよ。 」
女性は窓の外を指差した。
「 あの喫茶店の向こうですか ? 」
「 はははは ・・・・・ 内の社長室はあの喫茶店ですよ。 社長は、いつもあの喫茶店でコーヒーを飲んでいますよ。 あれが社長室なんですよ。
」
「 へぇ〜。 」
「 社長は、いつもあそこでコーヒーを飲みながら、
『 どうしたら、客がパチンコをしたくなるか
? パチンコを止めたくても止められなくなるのか
? 』 そればかり考えているのですよ。 」
松島は、狐につままれたような気持ちでその喫茶店に行ってみることにした。
汚い田舎の喫茶店である。 客は窓際の男一人だけである。
まだ、あどけなさの残る 30前後の男は、じっと窓の外の虚空を見詰めていた。
松島は、近くの席に座り、ジュースを註文した。 ・・・・・
そう、松島はコーヒーは苦手なのだ。
すぐに話し掛けることもせず観察したが、何時まで経っても男は動こうとはしなかった。
松島は、独り言のように小さな声で呼んでみた。
「 ツバサの社長さん ? 」
小さな声のつもりであったが、騒音のない田舎の喫茶店である。 男は、ふっと振り向いた。
「 少し、お話していいですか ? 」
「 えっ ??? 」
「 いや〜っ、いい天気ですね ・・・・・ 実は私は西南税務署の者ですが
・・・・・ いや、別に税務署は関係ないのですが
・・・・・ 関係無くもない ・・・・・ いや
〜っ、 この町にパチンコの機械の I C 基盤の基を作っている会社があると聞きまして
・・・・・ 何か参考になる話はないかとやって来ました
・・・・・ 」
「 こんな田舎に参考になる話はありませんよ。
」
男は窓の外から目を逸らすことなく返答した。
「 社長も暇そうだし ・・・・・ 」
「 暇じゃありませんよ。 」
「 でも、さっきから 1時間も ボ〜ッ として
・・・・・ いや、失礼。 」
「 ボ 〜ッ としているように見えましたか
? 」
「 ええ、 ボ 〜ッ と ・・・・・ 」
「 貴方もズケズケと言いますね。 」
「 すみません。 」
「 会社のおばちゃんから聞いて来たのでしょう
? おしゃべりなおばちゃんだから ・・・・・
」
「 私の仕事は基盤の基礎設定を考えることです。
」
「 今のパチンコ台は、最先端の技術の結集なのですよ。 基本は確率にありますが、そのさらなる基に統計があるのですよ。 」
「 統計学の理論の中枢である数理統計学に注目する必要があるのですよ。 数理統計学は、ベイズ統計学と 非ベイズ統計学に分類することができ、ベイズ統計学では、未知の母数の事前分布と母数の尤度とを
、ベイズの定理で結合することにより、母数の事後分布が導出されるのですよ。 また、観測値に関する予測は、事後分布との確率変数の密度関数より求められる予測分布に基づいているのですよ。
」
「 なるほど ・・・・・ 」
解かった振りをする松島であった。
「 これをユニバーサル符号化統計的モデル選択で、パターン情報処理の複雑さを確率的
コンプレキシティ や ミニマックス解析等により、プログラム化していくのですよ。
」
「 なるほど ・・・・・ それでよく理解できました。
」
「 少しは参考になりましたか ? 」
「 いや 〜 実にすばらしい。 」
「 でも ・・・・・ 実はさっぱり ・・・・・
」
「 はははは ・・・・・ 面白い人だ。 」
「 貴方のオツムに合わせて解かりやすく説明しましょうか。
」
「 私のオツム ??? ・・・・・ そう、中学生レベルの統計学で ・・・・・ よろしく。 」
会社の調査に行き、社長が 東大出身と聞けば、
「 足摺岬 ? 日御碕 ? 」と ・・・・・ 京大出身と聞けば、
「 化粧でもする ? 『 鏡台 』 」と ・・・・・
阪大と聞けば、 「 飯でも喰う 『 飯台 』 ・・・・・
と心で呟く松島であったが、 今回はおとなしい。
東大出でも、この辺のオツムとなると、オツムからオーラが出ている。
「 沢山の人がパチンコをします。 その人たちの性格も色々です。 貴方はパチンコをしますか
? 」
「 えぇ、たまには ・・・・・ 」
嘘をつく松島であった。
心の中では、毎週末には ・・・・・ と反省していた。
「 どんな台で打ちますか ? 」
「 新海物語とか ・・・・・ 宇宙戦艦ヤマトとか
・・・・・ 」
「 そうではなくて、どんな状態の台が好きですか。 例えば、その日何度もフィーバーしている台を好んで打つか? 2,000 回も回転しているのに 1回もフィーバーしていない台を好んで打つか
? 」
「 私は、後者の方が好きですね。 」
「 そうですね。でも、 2,000 回回転しても来るとは限らない。
」
「 パチンコをしている人をよく見ると、何度もフィーバーしていて
『 もう、この台は出ないだろう ? 』 という台ばかり打ちたがる人
・・・・・ 、 1,000回 2,000回と回転しても、フィーバーしていない台ばかり狙い、
『 もう、そろそろ来るだろう ? 』 と 5,000円
10,000円と注ぎ込む人 ・・・・・ 、色々でしょう。」
「 これを統計学的に分析するのですよ。 人間は一体どれ位な時間に一度
『 ドキッとする場面 』 を登場させると、また、
1,000円札を注ぎ込む統計値が高いのか ? 勿論、人によって違います。 その分布状況値はどこなのか
? 男性と女性でも違います。 都心部と田舎でも違います。 それぞれの分布値があるのです。 」
「 また、その日は負けても、どのような負け方なら次の日も来たがるか
? 負けても快い気分にさせるには、どんな脳内
コントロールをつまり、マインドコントロールをすればパチンコ中毒になるのか
? 」
「 その基盤の基礎設置を考えるのが私の仕事なのですよ。 後はパチンコ機器メーカーが独自のキャラクターや
視覚 ・ 聴覚 ・ 触覚を操作して演出するのですよ。 今、最高なのは
『 新海物語 』 でしょうね。 他社のパチンコ機では、パチンコをしている人の脳波を調べると、アドレナリンの分布が激しく、言わば興奮状態を演出する
・・・・ しかし、 『 新海物語 』 は α 波が出ている。 つまり、赤ちゃんがお母さんの胸に抱かれている状態です。 お客は安らぎを感じているのです。 負けてもまた来ますよねぇ。
」
社長の説明は延々と続いた。
「 ところで、話は変わりますが、毎年この町に
1億円ずつ寄付しておられるそうで ・・・・・
ご立派ですねぇ。 」
「 いや 〜 、 税務署にそのまま申告して、数億円の税金を納めてもだれも感謝しませんよ。 妬まれるくらいでしょう。 でも、市役所に寄付したり、地元の施設を建設したりすると、結構喜んでいただけるのですよ。 市役所への寄付は全額控除となりますから、税金が半分以上減る。 皆さんは
1億円寄付してくれたと喜んでくれますが、私の負担は半分の金額以下でいい。 つまり、半分以上は国が市役所に寄付していることになる。 そうでしょう
? 『 税務署さん 』 。 失礼、お名前を聞いていなかったもので
・・・・・ 」
「 参考になりましたか。 」
「 今度はよく解かりました。 『 パチンコは止められない。
』 ということが ・・・・・ 」
第22話 ( 49 ) につづく
* 登場する人物、団体等の名称及び業界用語は架空のものです。 |
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